「熱海温泉七湯巡り」をすると、熱海の歴史ある源泉と温泉街としての情緒を探ることができます。


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熱海七湯とは

熱海温泉の由来は、坪内 逍遥の「熱海ベージェント」によると、”今をさること1千数百年のむかし、温泉凄まじくこの海上に湧き昇って、浦浪ことごとく熱湯となったりければ、このあたりをあつうみが崎と呼びぬ”とあります。

その歴史ある熱海温泉の源泉が「熱海七湯」として残っていますので、巡ってみたいと思います。

 

熱海七湯目の湯の場所マップ

 

今回は

  1. 目の湯
  2. 風呂の湯
  3. 清左衛門の湯
  4. 小沢の湯
  5. 大湯間欠泉
  6. 河原湯
  7. 野中湯

の順番で廻りたいと思います。

 

佐治郎の湯・目の湯

熱海七湯目の湯

佐治郎の湯・目の湯は熱海銀座商店街のスルガ銀行近くにあります。
かつて「佐治郎」という人の邸内にあったことが名前の由来で、その後新かど旅館の所有になり、新かどの湯とも呼ばれたそうです。
ここは塩分濃度が高いという「河原の湯」の近くあるにも関わらず、塩分が少ない特徴があるため眼病に効くとも言われていました。

 

熱海七湯目の湯

見た目では温度はそれほど高くないように感じます。
私も近くに寄ってみましたが、他の湯のように蒸気が溢れていませんでした。

 

熱海七湯目の湯の解説

これが解説図です。
現在は目に効く効能も無いようで、目を洗わないようにと注意書きがあります。

江戸時代には「目の湯」を除くものが七湯とされていたようです。

 

風呂の湯・水の湯

熱海七湯風呂の湯

風呂の湯・水の湯は福島屋旅館のすぐ脇にあり、かつては坂町高砂屋の庭から湧き出ていました。
明治11年の熱海史誌では、淡白無味常水を温めるもののごとし、故に「水の湯」と名付くと記載されています。

 

熱海七湯風呂の湯の解説

解説図では外傷によく効き、かつては蒸気で饅頭や酒を温めていたとあります。
風呂の湯の東1.5mから塩分の少ない湯が沸いていたとありますから、この以下の画像が「水の湯」なのかもしれません。

 

熱海七湯風呂の湯

今現在はアロエが大量繁殖しています。
蒸気が上がっている他の湯と比較すると、お湯の温度もそれほど高くなさそうに見えます。

 

熱海七湯風呂の湯の場所

場所としては熱海銀座商店街から熱海駅方面に向かう坂道の途中の外カーブにあります。
昔は坂町高砂屋がこの周辺にあったのでしょう。

ちなみに明治時代にはこの「水の湯」を除いたものが七湯とされていたようです。

清左衛門の湯

熱海七湯清左衛門の湯

「清左衛門の湯」は風呂の湯・水の湯から40mほどの距離にあり、古屋旅館の目の前にあります。
ここは先の2つの湯と異なり、湯煙が大きく昇っているので一目で分かりました。

 

熱海七湯清左衛門の湯

ここは昔清左衛門という農民が馬を走らせて、湯窪に落ちて死んでしまいこの名前が付いたと言われています。

 

ちなみにこのような立て札もありました。円柱形の石とあります。

 

熱海七湯清左衛門の湯

円柱形の石とは、これでしょうか。
熱海の下多賀(網代の方)で出土し、江戸城の築城石として利用されたとあります。

確かに徳川家康は江戸城の築城石を伊豆から運ばせた、という話がありますから、これがそうなのでしょうか。

 

熱海七湯清左衛門の湯

案内には、明治時代までは昼夜湧き出て止まることが無かったとありますが、私が行った時は絶え間なく豊富な湯煙が上がっていました。

 

熱海七湯清左衛門の湯の解説

人が大きな声で「清左衛門ぬるし」と言うと、大きいに湧き出て、小さく言うと小さく湧き出たと言われています。

 

小沢の湯

熱海七湯小沢の湯

清左衛門の湯から200mほどで小沢の湯に到着しました。
ここは私が行った時は「かなり硫黄臭い」「熱い湯煙」が特徴的でした。

 

熱海七湯小沢の湯

ここはザル・トング・蓋があり、生卵を温泉たまごにすることができます。
私は小沢の湯がかなり硫黄臭かったので諦めましたが、興味が有る方はどうぞ。

 

熱海七湯小沢の湯の釜

ザルがあります。
だいたい8分ほどで温泉たまごが出来るようですが、天候などで蒸気が減少することもあり、作れないこともあるようです。

 

熱海七湯小沢の湯の丹那湧き水

こちらは名水百選に選ばれている丹那湧水です。
熱海から三島・函南へ向かう時に長いトンネルを通りますが、あれが丹那トンネルです。

丹那トンネルは地下水が豊富で、熱海から三島方面に抜ける熱函道路のトンネルもよく水で濡れています。
特に東海道線の丹那トンネルはトンネル工事中に事故が相次ぎ、来宮駅からトンネルに行った場所には慰霊碑があります。

現在「オラッチェ」などの施設がある丹那盆地では、水がトンネルに抜けてしまい、灌漑用水を確保できなくなったという歴史もあります。
熱海に丹那の水が約30万ℓほど毎日流れているようで、水を抜くトンネルがあると聞きます。
それがこの湧き水なのかもしれません。

 

熱海七湯小沢の湯の椅子

一応椅子があります。
ここで温泉たまごを食べられますが、硫黄の臭いがスゴかったので鼻が痛くなりますからお気をつけて。
温泉たまごを食べるのにも命がけです。笑

 

熱海七湯小沢の湯の注意

高温ですから、気をつけて下さい。

 

熱海七湯小沢の湯の解説

ここは土地が小沢であったことから、小沢の湯と呼ばれています。
また沢口弥座衛門、藤井文次郎、米倉三左衛門の庭の湯として「平左衛門の湯」とも呼ばれているようです。

 

大湯間欠泉

熱海七湯大湯間欠泉

小沢の湯から約150mほどで大湯間欠泉がありました。

大正時代までは一定のリズムで大量の湯を吹き出してましたが、関東大震災によって噴出が衰えたようです。
かつては世界でも有名な自噴泉であり、世界の三大間欠泉にも選ばれていました。

 

熱海七湯大湯

現在は人工的に噴出する間欠泉として、市の文化財として保存されています。

 

熱海七湯の大湯

ここに石碑があります。
ここには ”世界三大間欠泉の1つとして有名であったこの大湯は、大正初期までは定期的間欠泉として規則正しく大量の湯けむりを噴出し、その壮観をうたわれていましが、大正12年の関東大震災を境として噴出が不規則となり、翌13年遂に止まってしまいました。”
とあります。
また ”明治25年頃には一日6回迄におとろえました” ”当時は26日周期に<長涌>という現象があり、1回が12時間から16時間噴湯し続け、この<長涌>の翌日には全く停止し、次の日より2・3日は不規則な湧出を続けたあと、元に復するのが常でした”
とあります。

慶長9年に徳川家康が熱海に湯治に来たとも記載されています。
それ以降、江戸城本丸・西の丸に熱湯汲んで献上したお汲湯の行事があり、それに則り献湯祭が毎年2月10日と10月10日に開かれているとも記載があります。

 

熱海七湯大湯

またオールコックの碑もあります。

 

市街電話発祥の地

さらにここは「市外電話創始の地」という石碑があり、この石碑には”明治22年(1889年)1月1日この場所にあった内務省の「きゅうき館」と東京木挽町の能東京電信局との我が国初めての公衆用の市外通話が行なわれました。”とあります。

熱海は保養地として栄えたため要人の宿泊も多く、首都圏と連絡をする機会が必要だったことがこの地が市外電話創始の地となったことに関係したのでしょう。

 

河原の湯

熱海銀座商店街

河原の湯は、大湯間欠泉から下って行くと、熱海銀座通りを過ぎて国道135号線まで降りて行きます。
この日の商店街は人が少なく閑散としていました。

 

みかんの自動販売機

東京では珍しい自動販売機でみかんが200円で売られています。
熱海は「だいだい」の生産が盛んで、また小田原から湯河原、熱海、伊東まではミカンやオレンジの栽培もされています。

伊豆まで来られたらミカン狩りもおすすめです。

 

熱海七湯河原の湯

そして「河原の湯」に到着しました。

 

熱海七湯河原の湯

この画像でやや分かりにくいのですが、少しだけ湯気が立っています。
小沢の湯や清左衛門の湯ほどではありませんが、お湯の温度も高そうです。

 

熱海七湯河原の湯の解説

この解説によると、この河原の湯が有った場所はかつて東浜といい、温泉が絶えずに湧き出す村人の入浴場だったそうです。
湯治客には大湯が使われ、他の源泉も限られた家が使われていたので、村民や近隣の人が自由に使えるのはこの河原湯だけでした。
寛文6年(1666年)に小田原城主稲葉美濃守が村民のために瓦葺の屋根を設けた浴室を作ったことから、「瓦湯」と称したあります。

塩分が多く、リュウマチや神経痛に効能があり、人が入ると透明の湯が白く濁ることがあったとも書かれています。

 

熱海七湯河原の湯

他の七湯と比較すると、目の湯や風呂の湯のように、あまり目立ちません。
また小沢の湯のような鼻がひん曲がる強烈な硫黄臭さもなく、気がつかないで通り過ぎることもあるかもしれません。

 

河原湯の場所

場所は国道134号線の上り線用道路の脇にあり、三井のリパークとセブンイレブンがすぐ横にあります。
この河原の湯は「塩分が多い」とありましたが、ここから徒歩1分で熱海サンビーチがあります。
やはり海が近いことも塩分濃度に関係しているのだと思います。

 

しかし、この河原の湯からほんの100mほどの目と鼻の先に「目の湯」があります。

この「目の湯」は塩分濃度が高くなく、眼病に効くと言われていましたから、ほんのわずか数百mで温泉の塩分濃度が変わるということも興味深いことだと思います。

 

野中の湯

熱海七湯野中の湯

噴湯する蒸気量で言えば熱海七湯で1番かもしれません。
小沢の湯のような強烈な硫黄臭はしませんでしたが、立ち上る蒸気を見ると「温泉街に来たな」と実感できるほどです。

野中の湯は熱海温泉図集によると、野中山の麓にあり、泥の中に温泉がブクブクと沸いていたようです。
しかし、湧き出るところが浅く、入浴には利用されなかったとのことです。

 

熱海七湯野中の湯の解説

この解説図によると、辺りの土は赤色で壁を塗る材料に使われていたともあります。

 

熱海七湯野中の湯

この画像を見ると、一目瞭然で野中の湯だと分かりますから、すぐに見つかるはずです。
ここは熱海七湯でも最も標高の高い場所にあり、他の七湯とは離れていますから、七湯巡りのルートはよく考えられると良いでしょう。

熱海方面から徒歩のルートであれば、

  1. 野中の湯
  2. 清座衛門の湯
  3. 風呂の湯
  4. 小沢の湯
  5. 大湯間欠泉
  6. 目の湯
  7. 河原の湯

が良いかもしれません。

 

 

これで約1時間の熱海七湯巡りは終了です。
意外と坂が多い熱海ですから、徒歩では疲れます。

 

 

また熱海まで旅行されるならば、武士の鎧や刀に触れ、熱海市街地や相模湾が見える絶景の「熱海城」、紅葉や梅がキレイな「熱海梅園」も是非行って欲しい観光地です。

 

また最近はリニューアルが進み、宿泊施設も高級になりつつあります。
熱海の七湯を巡った際には、是非一泊されてはいかがでしょう。

⇒ 熱海で泊まりたい高級旅館7選

 

 

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