民話:函南のこだま石 おらくと与一が熱海まで野菜を売りに行った際の休憩で腰掛けた大きな石


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伊豆の別荘地である函南に伝わる少し悲しい民話です。

 

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函南のこだま石

昔、百姓の夫の与助と妻のおらく、その子の与一が住んでいた。
与助は北条の出城であった山中城へかり出されたが、その後戻ってくることはなかった。

 

おらくは夫の与助が亡くなったことも信じられずに、日が過ぎるに重なって貧しくなっていった。
このとき多くの百姓が貧しい暮らしをしていた。

 

このおらくと与一の生活を不憫に思った養徳寺の和尚は「幼い与一も育てながらの暮らしは楽ではないだろう。この平井で採れる野菜を熱海で売ると良い、そして手数料を取れば生活はすこし楽なるだろう」と告げます。
おらくも「はい、足腰のじゅうぶんなうちにうんとかせぎます」とこたえた。

 

おらくは日金山を超えて熱海で野菜を売り、やがて与一も連れて売りにいくようになった。
日金山を超えるとき、おらくと与一は函南の大きな石をもたれかかり、話をしていた。

 

生活は良くなり、里では仲の良い親子として知られるようになった。

 

しかし、おらくは疲れのせいか寝込んでしまい、与一の看病も叶わず亡くなってしまった。
与一は残念に思い、何日も母の手を握りながら、泣きつかれてしまった。

 

与一はさびしくなると、母と語り合った大きな石へ行き「おっかー、おっかーよ」と話すのであった。
そうすると「与一や、与一やー」と岩の底から母おらくの声が聞こえてくるのであった。

 

こののち与一は雨の日も風の日も、日に一度はこの岩まで登り、母の名を叫ぶのであった。
それを知った里の人は、これに心を打たれてしまい、この岩を「こだま石」と呼ぶようになった。

 

”音にきく 平井の里の こだま石 こたえて歌う 節のくわしき”

 

 

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こだま石付近の別の民話

函南のこだま石付近には他にも民話が残っています。

 

熱海のお汲み湯は、かつて徳川家康に献上された事で有名な温泉です。
檜の柄杓で汲まれた温泉は地面に置く事が許されず、そのまま箱根を通り江戸へ献上されたと言います。

民話:江戸時代の徳川幕府に献上された熱海”あつうみ”のお汲み湯 〜家康は大の温泉好きだった〜

 

また函南からも近い日金山は、伊豆で亡くなった魂が向かう場所として知られており、ここではかつて鬼が死んだ人の魂を待ち構えていたという話があります。

民話:日金山の鬼 〜魂は全て日金山へ向かう話〜

 

また西の三島田町付近には言成地蔵のお話があります。
これはかつて参勤交代の列を横切ってしまった小菊のお話です。

民話:三島の言成地蔵尊と小菊 〜参勤交代の列を横切った小菊が手を合わせて願ったものの…

 

 

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