民話:富戸の海坊主 〜柄杓を貸すと海水を船に注ぐため、以後柄杓を貸す時は穴を開けた話〜

 

まるで鏡のように太陽を反射する大海原が広がる富戸には『富戸の海坊主』という昔の民話が残っています。
日本で2番目に深い相模湾には、このどこかに本当に海坊主がいるのかもしれません。

 

 

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富戸の海坊主

昔、富戸の漁師が沖合で漁をしていたところ、思った以上に魚が釣れていた。
こんな日は滅多に無いからたくさん釣ろう、と漁を続けていた。

 

夕暮れになるまで続けていると、小舟が揺れ始めたと思った瞬間、大きな海坊主が海の中から現れて「ひしゃくをかせ、ひしゃくをかせ」と怒鳴ってきた。
漁師はびっくりして腰を抜かし震えながら「ひしゃくなぞない、ひしゃくなぞない」と答えると、海坊主はやがて海の中へと消えていった。

 

それから何日も過ぎた頃、数名の者が沖に出て漁をしていた。
その日もたくさんの魚が穫れ、夕暮れ時には多くの魚で船が一杯になった。
漁師たちは喜んで港へ帰ろうとすると、汐がうねり始め、船が揺れ始めた。

 

漁師たちが沖を見ていると、大きな海坊主が姿を現し「ひしゃくをかせ、ひしゃくをかせ」と近づいてくる。
あまりの恐ろしさに漁師の1人が手元に持っていたひしゃくを海坊主へ投げてやった。

 

ひしゃくを持った海坊主は船に海水をジャブジャブと注ぎ、船はあっという間に沈んでしまった。
港まで泳ぎたどり着いた漁師はあまりの出来事にしばらくは浜で伏してしまった。

 

これよりのち、富戸の漁師たちは海坊主に出会うと、ひしゃくの底の抜いて貸すようになった。

 

 

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海坊主は本当にいるかもしれない

海坊主は本当に居るのか、wikiペディアによると、宮城県女川のマグロ漁師が1971年に目撃談があるとのこと。
ここでは東北では最初に採れた魚は海に返さないと船主が海にさらわれるということが、富戸の海坊主が「魚がたくさん穫れた夕方に現れた」と重なります。

 

もしかすると、ポセイドンという海の神様がいるように海坊主も海を司る神様なのかもしれません。
ここ富戸の相模湾も海溝が深く、日本で2番目に深い海ですから何が居てもおかしくないでしょう。

 

 

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伊東の音無神社の「穴空き柄杓」と関係があるのか?

伊東市にある音無神社には底に穴の空いた柄杓がたくさん祀られています。
これは安産祈願を祈って妊娠した女性がこちらで1つの穴の空いた柄杓を借りて、出産後にはお礼として元の柄杓ともう1つ新しい底に穴の空いた柄杓を納める風習があります。

 

ここは源頼朝と伊東祐親の娘だった八重姫が逢瀬を重ねた伝説がある神社ですが、なぜ「穴の空いた柄杓」なのか気になります。

 

⇒ 穴の空いた柄杓で溢れる伊東の音無神社。安産祈願で有名でかつては源頼朝と八重姫の伝説があります。

 

 

八重姫の子供である千津丸は、ここ富戸から北に500mほどの場所にある「産衣石」付近で釣りをしていた甚之右衛門が見付け引き上げたとのこと。
その時高価な着物を着ていたことから、高貴な人物の子供だと分かり、産衣石の上で安置したとあります。

 

⇒ 産衣石

 

この「音無神社の穴の空いた柄杓」と「千津丸の見つかった(流れ着いた)富戸」「富戸の海坊主」に関係があるのかわかりませんが、これだけ近い地域でどこか共通点が感じられることは不思議でもあります。