交通事故被害者はその後どんな人生を歩むのか?

 

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交通事故被害者は人生が一変することがある

 

私の場合は交通事故に遭って生活が大きく変わった人間です。仕事を辞めるはめになったり、今まで出来たことが出来なくなったり、謎の症状が出たりと散々でした。

私の通っていた鍼灸院でも若い新婚の男性が交通事故の後遺症で男性機能不全(ED)を発症し、夫婦関係が悪化、その後離婚してしまい、男性は自◯した話なども聞きました。

他にもネットを見れば交通事故のせいで自分で命を断った・脳脊髄液減少症により寝たきり状態になったといった話もあります。

被害者のその後は

  • 【それまでの生活環境の破綻】
  • 【失業や就業困難などの経済的な困窮】
  • 【原因不明な症状との肉体的(痛みなど)戦い】
  • 【一生治らないのではないかという不安】
  • 【友人や恋人、夫婦との別れ】
  • 【誰にも理解されないという無念さ】
  • 【事故後の後遺症のリスク】

と慰謝料では賄えないくらいの問題が勃発します。

交通事故の被害が大きかった人はもちろん、小さな事故でも後に後遺症が出ることがあります。

そうなると、それまでの生活環境は大きく変わり、失業をしたり就業ができない状態になったり、原因不明の症状や病気の痛みや不快感との戦い、それが治らないのではないかという不安、さらに家族や友人、配偶者、恋人との関係の悪化、さらに誰にも理解されないという状態に陥ります。

全てが起きるわけではないのですが、ちょっとした事故がキッカケでこれだけ人生を変えてしまうことがあります。

本来は最低でも慰謝料1,000万円くらいは支払わないといけないのでしょうが、それを証明できないと認定されません。事故直後なら認定されやすいのでしょうが、時間が経過してから出た症状については因果関係の証明をしないといけません。これが出来ずに正確な補償をされない被害者の方も多いはずです。

どちらにせよ交通事故の被害は言葉で捉える以上に大きなものなのですが、それが知られていないという現実があります。

被害が深刻な人ほど、動けなかったり、自宅に引きこもったり、社会から退いて治療をしていたりしますから、こういった被害が一般の方の目に留まらないのです。

 

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怖いことは後遺症が「後から出る」こと

交通事故で怖いことは「後遺症が後から出る」ということです。本来は後になっても遺るということが後遺症の意味ですが、交通事故に遭った人間は事故後に別の病気や症状などを発症するということです。

私も診断名は頚椎捻挫でしたが、その後腰痛や様々な症状を発症しました。事故前は無かった症状なので事故をキッカケに起きたものだと言えます。他にもうつ病が悪化したという人もいれば、事故後に病気や症状に悩まされる人も多い。

他の記事で書きましたが、人間の体は全体でバランスを取っているので、例えば「腰を強打する」「首を痛める」など一部に影響があると全体に波及します。そのため私は首に影響が入ったことで全体に影響が出て、様々な症状を出したのだと思います。尻餅をしたり、転倒した後に急に亡くなる・病気になるという人が多いのは「構造→機能」に影響をするからだと言えます。

 

 

医者は病気には詳しいのですが、人間の体には詳しくないのです。知り合いの整体師は「交通事故ではよくあること」と言っていました。多くの人が医者を諦めて整体関係に行くので、後遺症が後から出ることはよく知られていることでもありますし、カイロなどの整体は現代医学と違って「体の構造」なども見るので、事故による影響があるのかどうなのかについて論証が出来るのだと思います。

 

後から後遺症が出ると経済的にも精神的・肉体的・友人関係や家族関係・社会的な関わり・税金などに大きく影響が出ます。体が健康ならアルバイトをすることもできますが、上記で言ったように「何が出てくるかわからない」わけです。働けない人や働けない状態・家族がいない一人暮らしの人・もともと裕福でなかった人が交通事故にでも遭えば、それこそ「引きこもる」「生活保護」「税金の滞納」「自ら命を…」といったことになってしまいます。

「交通事故の被害者」と7文字で書くことができますが、現実はそれほど単純なものでもないのです。結婚生活が破綻したり、好きだった仕事すら続けられなくなったりと本当は恐ろしいものです。

 

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こういった現実があまり知られていない原因

交通事故が少ないことや後遺症が出るケースも多くはないことが原因です。そのため多くの人には知られていないのでしょう。

加害者が「被害者のその後」を知らない現実がありますし、そういったことを知る必要性も話に上がりません。確かに被害者に連絡をすることは気が引けますし、示談をしたら法的に責任はないのかもしれません。被害者としても加害者と話したいとは思わないでしょう。

しかし、「その人の人生を変えた」という重みを知らないということはどうなのだろうかとも思います。これは少し難しい話ですが、法的に問題がなければ捕まることはないのでしょうが、そうしてしまった(人の人生を変えた)責任はあるのかもしれないと思います。つまりは「罰は無いけれども罪はある」ということでしょうか。

被害者が示談をしてしまうことにも原因があるかもしれません。被害者が示談をする理由には慰謝料も関係します。損保に治療費を打ち切られると自費での治療になりますが、保険が利く医者では治らず、整体やカイロなど1回5,000円を超える施術を受ける方もいます。つまり、お金のために示談せざるを得ないということです。体が不調になり、経済的な問題から示談をせざるを得ない人もいるので、示談がされたから感情的に許されたとも言えないわけです。

誰も好きで事故を起こすわけではないですし、事故を起こした加害者の方も訴訟されるのではないかといった色々な不安があると思います。加害者にも「罪の思い」に悩まされる方がいます。

 

しかし、交通事故の被害にあうと、後々怖いことになる可能生も世の中に周知されると良いと思います。そうなれば車の運転に対する意識も変わり、交通事故が0に出来なくても減らすことはできると思います。