わかりやすいコンテンツの弊害。

最近は身近の色々なものが「わかりやすいコンテンツ」になってきています。

例えば、「ブログ」も文字が中心であったものが「絵や漫画のコンテンツ」が普及してきており、Googleの検索でも専門的な内容よりもわかりやすさに重点が置かれているような気がします

まあ、これは私だけかもしれませんが。

私は前職ではIT関連の職業であったためこういった検索エンジンの動向やSEOは見るようにしています。

一般の方にとってはそんなことはどうでもいいでしょうから、気になっていないかもしれません。

 

 

話を戻しますと、最近は「素人にもわかりやすいコンテンツ」が普及してきています。

しかし、「わかりやすいコンテンツ」には弊害があるのではないかというのが私の考えです。

確かに、「わかりやすいコンテンツ」は初心者や素人が理解をするためには必要です。

 

しかし、物事の情報量が多くなればなるほど、やはりどうしても専門的になる。

ブログでは、その知識に関する専門用語が飛び交うこともあります。

 

例えば、以前、鍼灸院の方から聞いたお話ですが、鍼灸の世界なんてこのわかりやすいコンテンツの被害者です。

最近では外国人にも鍼灸を教えるためか、ツボの名前に「記号」が使われているようです。

人間のツボにはそのツボならではの名前が付いており、これはほとんどが漢字です。

例えば、風池というツボが後頭部にあります。ここは頭に溜まった熱を下げる役割などで処方されるツボです。

この風池の意味は風、つまり邪気が溜まる池という意味です。

邪気とは「熱」「寒」「湿」「火」などを差します。(全部で7つ)

実際にこの風池に鍼を打ってもらったことがありますが、確かに頭が軽くなり、つまりが取れたようで体液の流れが良くなったように感じました。

ツボの名前はその効能や由来に大きく関係しています。

しかし、それがCV6、GVと言ったようにツボの名前が「記号化」されてしまいました。

記号化されたことで、鍼灸を始める人、特に漢字を知らない外国人にとってツボの名前は覚えやすくなったようです。

しかし、この「記号化」されることでツボの名前が持っていた本来の意味や成り立ち、情報が無くなってしまいます。

漢字にはその漢字の形の成り立ちや意味があるのです。

上記の例では「風池」という風(邪気)が溜まる池(場所)という意味が記号では窺い知ることができないのです。(いちおうローマ字でFUCHIなどとも記載されているようですが)

つまり、重要な部分が省かれてしまっているのわけです。

鍼灸院の方も同じことを言っていました。

「ツボの名前は英語名にするのは良くない、もともと意味があるものだから」と。

 

 

物事を素人の人に教える時でも「わかりやすく教えること」は大事ですが、わかりやすくするためには「何かを省略する」必要が出てきます。

その省略の中に重要な意味がある場合は、この意味が素人の方に伝わることがありません。

そうなると、本来持った意味が違う形で伝えられていく可能生もあります。

 

つまり、わかりやすいコンテンツが普及することは、その業界のそれまでの知識を歪めてしまうのではないということです。

専門性が高く、複雑な情報を内包しているものほど、わかりやすいコンテンツには弊害があります。

私はそう思っています。

 

 

一点良いところを挙げるならば、何かを始めたいと思っている人や子供にとっては「わかりやすいコンテンツ」は入りやすい入り口として最適だとは思っています。

その後に、自分で興味を持ち調べてくれる限りは「わかりやすいコンテンツ」が持つ本来のメリットが活かされるでしょう。

しかし、それが為されないならば「情報が加工されて歪められた形で伝承されていく」でしょう。

 

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