ネガティブ思考な人は悪くない。組織や社会、友人に必要だ

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物事をネガティブに見られる人間は必要だ。

ネガティブな画像

世の中では「ネガティブ」ということがあたかも悪いもののように論じられている。

「ネガティブは何も生まない」「ネガティブは悪だ」そう思われている風潮がある。

実際に本屋などに行くと「ポジティブに生きる10の方法」と言った本が山積みになっている一方で「ネガティブに生きる」という題名の本は少ない。私達に「ネガティブ」よりも「ポジティブに生きろ」と暗示をかけている。

 

しかし、「ネガティブ」な人があってこそ私達は調和を保っていられる。

決して「ポジティブ」な人だけが素晴らしいものでも優位なものでもない。

 

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ネガティブは会社や友人にも必要

もし全ての人間がポジティブだったら会社や学校を始めとした社会の多くで支障をきたしている。

それは社会には「ネガティブ」が必要とされるものが多いからだ。

例えば、経理や事務、管理部門などの安全性を必要とされる仕事ではポジティブよりもネガティブが重要になる。

これらの職種では「いかに問題を起こさないか」「適切になされるか」が仕事の中心になる。否定的な思考で将来に発生しうる惨事の原因を実践の前に思考の段階で潰して行かないといけない。それがなされない場合は「実践」する時に初めて不測の自体が生じてしまい業界や業種によっては最悪の事態をもたらす。

 

一方、新規開拓の営業や企画等ではポジティブといった積極性が重要になる。これらの仕事はネガティブよりもポジティブでないと勤まらない仕事だ。新規開拓の営業では断られることも多く数多く営業をかけることも必要になり、企画職では面白く人々が関心を寄せるような発想が大事になるからだ。

もちろんこれらの仕事にもネガティブさがないといけない。特に企画は企画内容の副産物を考える必要がある。「お祝いに大量の風船を飛ばす」企画を考えても付近に高圧電線や鉄道の高架線などがあれば企画は難しくなるように、ポジティブだけではなくネガティブに考えることも大事になる。

 

友人関係で見ても同様だ。確かに「ネガティブな人間の集まり」では事が進まない。みなが消極的だったり、否定し合っていてはどこで遊ぶかも何をして遊ぶかも決まらないだろう。

しかし、「ポジティブな人間の集まり」ではどこで何をするかということはすぐ決まるだろうが、そこで遊ぶ事による副作用を見過ごしがちになる。例えば、川遊びをする時も楽しさや興味が先立ってしまし、危険性を見過ごしてしまう事がある。川は表面上は流れが穏やかに見える場所があるがそういった場所ほど水深がある。川は自然であり、人が及ばない力が働くため危険だという認識がポジティブさによって欠けてしまうと重大な事故を引き起こす。

このようにネガティブはポジティブの反対のものであると同時に、必要とされるものだ。

ネガティブが必ずしも悪いわけではない。

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重要な事は『バランス』

「ネガティブ」だけでも「ポジティブ」だけでもいけない。

私が言いたい事は『バランスが大事』ということだ。

私達の身近なところには「対」というものが多く存在している。

「YESとNO」「男と女」「活動と休息」「生と死」

これらはシーソーや天秤かのごとくバランスを保つことで自然を維持している。

どちらかが多くなると機能が崩れてしまう。

「ポジティブ」が良いものだとイメージされてはいるが、「ネガティブ」も対になるようにバランスを保てないといけない。

 

集団や組織以外にも個人でみてもネガティブは必要

 

視野を広げてみると、個人レベルでも「ポジティブ」と「ネガティブ」は必要とされている。ポジティブで楽観的な人間も全てがポジティブであるわけでない。

例えば、腹痛を起こした時にポジティブならば「ちょっと痛いだけですぐ治る」と思うだろう。しかし、それが長引いたり、痛みが増してくれば「もしかしたらガンかもしれない」と不安やマイナスイメージが沸き起こってくる。

このネガティブな感情を無視すれば倒れてしまったり、死んでしまったりするかもしれない。この不安やマイナスイメージによって病院などで治療をすることで回復していく。

 

このように、人間1人の個体として考えても、この「ポジティブ」「ネガティブ」の両面が存在している。これはポジティブやネガティブの片方だけでは機能しないという大きな証拠だろう。

人はポジティブだけでなくネガティブがあることで初めて健全な機能を発揮できる。これは集団や組織という社会レベルでも同一だと私は思うわけだ。そして、その『バランス』が最も重要だろうと思っている。

 

だから、私は世間で言われているような「ポジティブが重要」と言ったことは間違いではないが、正しくもないと考えている。どちらも大切だがバランスが大事だということだ。

 

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私の推論:なぜ「ネガティブ思考」になってしまうのか

私の推論では、ネガティブになる理由の1つに『体』が関わっていると考えている。

これは私の推論および実体験だが、『体』の状態が悪いまたは悪化していると『精神』に影響を及ぼすということだ。

体の画像

体の状態が精神に影響を及ぼす

体の調子が悪いと精神に影響を及ぼす。頭痛がして良い気分はしないだろうし、人によっては苛立ちや落ち込み、やる気の喪失などを引き起こす。

鬱病の人も肩が凝ったり、腰痛持ちの人が多いという。

 

一方で、体の調子が快調であれば「活動をしてみたい」「運動したい」「本を読みたい」といった積極性が向上する。

つまり、ネガティブになっているということは身体症状として表れる以前の『未病』の段階にあるのではないかと考えている。体に何らかの変異があるということだ。

 

実際に私も体の調子が悪く気分が落ち込んでいた時がある。しかし、治療をして快調になってくると『気分』がまず変わったのだ。そして「走りたい」「運動したい」「遠くへ行きたい」と活動的になってきた。

 

それから考察すると、自分の意識では気づかないような異変が精神状態に影響を与えているのではないかと思えるわけだ。私のように体を快調へと向かわせると極端なネガティブさもポジティブに変わっていく。

よく「運動すると鬱病が治る」なんて言われているが、あれは正確には「運動したくなる状態」が治る兆候というものだ。体が回復していくと病気の影響が弱まり自ら体を動かしたり活動をしたくなるのが正確だ。起き上がれないほどの重病や内蔵不調を抱えていては歩いたり運動して体力を使ってはむしろ逆効果だろう。私は鬱病ではなかったが体調不良を抱えた時にそれを感じた。

 

詳しくは別の機会に叙述するが、ネガティブさは体の状態が原因になっているものがあるのだろうと思っている。

 

 

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