学生と社会人の違いは『アウトプット』ができるかどうか

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アウトプットが社会人と学生の違い

アウトプットとは「成果」と言って良い。仕事の成果である。

社会人の仕事は多種多様であるが成果という部分では一致している。例えば、営業なら交渉や成約、技術者ならプログラム開発や修正、事務職でも正しい入力や計算などがある。

それらで求められた成績(成果)を出さないといけない。

社会人、つまり会社で働くにはこれらの成果であるアウトプットを出す必要がある。

学生もテストがあるという観点では似ているが、どちらかというと授業の内容等を観るとインプットが重視されている。

いかに授業内容をインプットできるかが鍵になる。

学生もアウトプットはあるが、圧倒的にアウトプットの機会が少ない。本来はもっとアウトプットの機会が有っても良いはずだ。

 

学生はインプット、社会人ではアウトプットとこのように生活の中で必要とされる能力が異なっている。

学生の時は上手くいっても社会人でつまずく理由にこの差異がある。アウトプットの方法や表現が上手くいかないからだ。

しかし、言い換えればインプットが得意な学生ほど、アウトプットする内容も量、質とも良くなる。

知識や語彙が多い人間の方が、知的好奇心を刺激するような話題に富んでいるように、インプットが出来る学生ほど、潜在的な能力は高いと言わざるを得ない。

どちらにしても社会人として働くには業務や業界の知識を日々のインプットすることも重要だ。それと同じ程アウトプットを出して成果を出すことも重要だ。

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大学生になったらアウトプットの練習を徹底的にすること

学生と社会人の違いは生活で求められる「アウトプット」「インプット」だと述べた。

高校を卒業して(またはそれ以前でも)大学生になったならば、『アウトプット』の練習をすると良い。

方法としては「形にして出してみる」こと。

具体的には

  • 文章を書く
  • 絵を描く
  • 作品を作る
  • アプリ,webサイトを作る
  • 論文を書く

というものがある。

できれば自分の選考している学科などに関係すると作りやすいだろう。

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学生はすでに社会人になる訓練を積んでいる

学生は義務教育、またはお金を払って教育を受けている。つまり、学校は学生が教育を受ける場所である。

一方の企業では、業務で成果を残すことで給料という対価をもらう。日本は解雇規制が厳しい方だが、成果を残せないと解雇されることもある。

つまり、学生の頃は「教育を受けることができる」という権利の状態だが、社会人になると「成果を出さないといけない」という義務の状態になる。

 

では、どんな学生が社会人としてうまくやっていけるのか?

実は、学業が上手くいっている学生ほど、社会人になってもうまくいきやすい。この理由は学業もある意味では社会人と同じようにアウトプットに近いからだ。

 

学生も一定の期間の間、選択した授業を履修する。そして、履修した内容を元に試験を受けて成果という形を出さないと合格をもらうことはできない。言い換えれば、合格をもらえている学生は試験に対して履修した内容をある一定の基準以上の段階でアウトプットできているといえる。

一方で、学業が疎かになる学生は試験で合格をもらうことができない。これも言い換えれば、合格に値するレベルのアウトプットを準備できなかったからだ。

そう考えれば、学業ができる大学生は社会人になってもうまく行きやすいといえる。それは学生が今日まで受けた教育のシステムが、現在の社会システムに実は酷似しているためだ。学校の教育過程と社会の労働過程は実は同じである。

大学生になってから「社会人に必要なものは何か」と考えるのではなく、実は学生がそれまで毎日のように受けていた教育こそが、社会人として生きて行くために必要とされるものということだ。学生はそれまで社会人としての訓練を受けていた。

だから、大学生は「無用な心配」はしなくていい。今日まで浪人をしたことも、留年をしたことも、赤点を取ったこともあるかもしれないが、ここまで教育を受けて来れたという事実があれば社会人としてもやっていける。

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最後に社会人はそれほど偉いわけではない

最後に社会人は世間では立派なものと言われているが、それほど偉いわけではない。これはアルバイトをする大学生もどこかで自覚しているだろうし、そうでない大学生もいつか就職し、会社員など働くようになれば自ずと実感するようになる。

社会人は労働してその成果を貰って生活をしているが、商売に関しては必ず歪みを生み出している。

これは他の機会に述べるが社会人になる時には覚えておいて損はない。

 

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